Googleのウェブ履歴記録はすごいと思った

今更驚くことではないのかもしれないけど、Googleのウェブ履歴を初めてまともに見た。

自分が今のGoogleアカウントを取得したのは昨年の5月10日だったようで、その日からの検索クエリと実行時分の記録が全部残っている(もちろん環境によってログインできなかったときもあるけれど、8割くらいはログインした状態だと思う)。

ここまで正確なデータが大量に残っていると過去の自分の動きを逐一把握されているようで(というか実際そうだけど)少し怖い気もする。でも、検索クエリの履歴を時系列に辿っていると、だんだん確かに過去の自分がそこにいるように感じられるようになった。行動主体としての一人の人間が浮かび上がってくる。そういえばこんな事に興味を持っていたとか、そのときの気分とかも思い出される。この情報がどんどん蓄積されていくと、日記よりも嘘のつけない自分の行動の記録が残っていくんだなと思った。おおげさかもしれないけど、こんなことって人間の歴史で今までなかったんじゃないかと思う。

あと、思ったのは自分は意外と検索していないということ。

ログインしていないときもあったけど、それでも実感よりも検索回数が少ない印象だ。もっと一日に何十回も検索しているかと思ったけど、実際そんなことはなくて、数時間おきに必要な情報を得るために検索しているだけ。詳しく調べたいときにも&検索で何回かトライしているだけだ。何時間も検索し続けているという事はない。

それは「何がわかっていないかがわからない」状態だと、何をクエリにしたらいいかが分からないからだと思う。その状態だといくら根性で数時間検索し続けたところで決して必要な情報は得られない。それはそもそもその「必要な情報」が何なのかを自分の中の具体的なイメージで知らないからであり、その原因はその情報にたどり着く上で前提とされる知識があまりにも不足しているからだと思う。

ある程度まで達した人はますます深く知ることができるようになり、その世界の入り口でつまづいた人は何の情報も得ることはできない。

何でも検索できるようになったからと言って、誰もがその情報にアクセスできるわけではない。その情報が存在する場所にたどり着くためには、少なくとも自分がそれを検索できるというレベルに達していなければならない。そこだけはいくら進化したとしても検索には頼れないプロセスなのだと思う。

という、当たり前と言えば当たり前の事だし、よく言われているような事だと思うけれど、自分としてはGoogleウェブ履歴にはそれを実感としてまざまざと見せ付けられるような気がする。